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3歩歩けば人は変わる

子どもの頃から親に叩き込まれた教えがブログのタイトルです。基本思いついたときしか書きません。

精神的に弱ってる自分は元来の自分の姿ではないか

以上要約。

今マンション買うか迷っている。
正直、買っても買わなくても、それぞれにメリットデメリットがあるので、どっちが良いとかないと思っている。
なので、買わないつもりでいた。

ワイフが突然「もしかしてマンション良いのあるんじゃね!」と思いついてから、調べたところ本当に僕らにあったところを、たまたまひとつ発見。
上記のツイートでは終了!でシメられているが、実はまだまだ、絶賛検討中である。

今交渉しているのは、残り数件の優良物件なので、時間との勝負。
現状賃貸vs新マンション生活のライフプランを自宅で見直し→業者の営業さんと相談、を数回やったのだが、営業さんが優秀で困る。
曖昧な答えにはちゃんと踏み込んで聞いてくる。ダメな場合の代替案をすぐに用意してくる。の割に、顧客目線で攻めてくる。

好意と情熱は分かるし、僕自身も買う買わないどちらにせよ良い結果に導きたいと考えているが、打ち合わせの終盤にはへとへとになってしまう。
その場で、ひとつの提案を出される度に、リスクがないか、別の視点が漏れてないかを考える。
「なんとなくまずい気がする。気が乗らない。」の場合は、ちゃんと意図が伝わる言葉にできるよう考えを振り絞らなければならない。
それが、金の話、保険に関連して僕の病気の話、将来のリスクについての考え方の話、などになってくると、ガッツリ身体が疲れ、重くなってしまう。
前の記事(過剰適応障害だってよ。 - 3歩歩けば人は変わる)では、職場復帰も考えていたが、自分の弱り具合をつくづく感じている昨今である。

久しぶりにグッタリ疲れた結果、ふと思ったのが「僕って昔はいつもこんな感じだったよな」ということ。
今でこそ、「このリア充め!!」と呼ばれるぐらい人当たりは良い人間だが、子どもの頃は人見知りが凄くて、他人に対して声を発するのが辛かった。
大人になるにつれて治ってしまったが、未だにふと他人に対して声を発するのが辛くなることがある。
今弱っていると感じている自分は、実は元来の自分の姿なんじゃないか、と。

自分の肌感覚の基準を少しずつ見直ししていく時期なのかも知れない。