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3歩歩けば人は変わる

子どもの頃から親に叩き込まれた教えがブログのタイトルです。基本思いついたときしか書きません。

専業主夫生活2ヶ月を振り返り

来週の連休明けから、2ヶ月近く続いた専業主夫生活も終わる。
ワイフは気分転換に外に仕事に出かけ、生後9ヶ月〜11ヶ月の我が息子を面倒見ながらの主夫、ということで、育児と家事は意外と大変だった。

実際に専業主夫をやって、気づいたこと思ったことをだらだらと書く。

感じたことまとめ

  • 主婦がよく愚痴ってることは非常によく分かった。
    実際にやってみると、小さな個人事業主のような感覚だった。
    口出されるのは仕事の数倍ムカつく。何故だろう。未だに答えが出ない。
  • 子どもが小さいと、自分の全てが子ども中心になる。
    自分が自分でコントロールできない苦労はよく分かった。
    子どもを面倒見てくれるだけで、非常に助かる。
    一方で、自分の中心になった子どもは、まさに自分の一部のような感覚になる。
  • 帰りが遅いか早いかが分からないのは、意外と負担が大きい。
    連日のように飲みに出かけて帰りが遅くなってバツが悪くても、早めに連絡するのが傷跡が一番小さいことがよく分かった。
  • 仕事に疲れたワイフにイラついて当たられることが多かったのだが、何があったかを話すだけで、どちらも気分転換になって良い。
    ただ、ワイフは疲れすぎて、手が付けられなくて大変。
    受けたストレスをどこかに吐き出したいけど、お金や行動範囲が絞られる中でのストレス発散は意外と大変だった。
  • 子どもに手がかからなくなるまで(幼稚園に入るぐらい?小学生ぐらい?)までは、育児・家事・仕事を全部1人でまわすのは負担が大きすぎる。あと、言葉通り体力勝負。
    ストレスを発散するために何らかの弊害が出る。(子どもに依存、過干渉。旦那に当たる、等)
  • 夜のチョメチョメの数が圧倒的に減った。僕にはコレがマジで堪えた。ワイフとの付き合いが始まってから一番チョメチョメしていない。
    一般化できるか分からないが、男は疲れていてもできるが、女性は無理なのかも。
    夫婦の会話が減ったのも、きっとこのせいだ!!!

よくある主婦の本音は正しい

conobie.jp

1位:どんなに家事を頑張っても「やって当たり前」だと思われる
2位:毎日何かしらやることがあるので、「丸一日何もしないでいられる休日」がない
3位:自由に使えるお金が少なく、欲しいものを気軽に買えない
4位:日々家にいるので、社会と隔絶された気分がする
5位:独身時代のように、友人と気軽に遠出の旅行や朝帰りができない
出典:http://ranking.goo.ne.jp/column/goorank/37180/

まぁ、実際にやってみて、主婦がよく愚痴ってることは非常によく分かった。

扱う金額がどうしても小さな幅で行うため、金銭感覚も小さくなってきてしまう。
費用対効果の費用ばかりが注視しがちになった気がする。
一方、ワイフは外に出たことで、金銭感覚がその逆になった。

人と会話することは意外とあるが、何かの"目的達成"のために一緒に行動・会話する、ということが圧倒的に少ない。
社会との断絶を感じる、というのは少し分かるかも。

家事や育児などの質やコスト、やり方などを自分の裁量でできる、という点では、小さな個人事業主のような感覚だった。
世の中の既婚女性の大半がやっていることだけど、本当に楽に上手にやるには自分の裁量だが故の楽さ難しさがある。
責務として「専業主婦ならやって家事、育児すべてやるのが当たり前」と言えちゃうんだろうけど、休みが少なく長い期間続く中では身も心も疲労が溜まる。
その疲労をどこかで「抜く」必要があるわけで。
専業主婦にも休みが欲しいよね。

・・・・まだ書くことがあった気がするが、眠いので、続きはあとで書く。
全然まとまってないけど、先に色々書いたから、まぁいいか。

(遅筆なのでココまで書くのに1時間半程度かかりました)

2015/11/19 夕方頃追記:

「誰でもできる」甘え

休みなしで、基本的に同じような内容の繰り返し。
ストレス発散する時間もお金も裁量が小さくなるので、うまくメンタルコントロールしないと、ストレスは溜まりやすい。
いきなり大きな負荷がかかる、というよりも、少しずつ蓄積される感じ。
そして、人には男女問わず体調や気分の善し悪しのバイオリズムがある。
やりたくない、そんなとき。

主婦の仕事は、自分の裁量で、手を抜くことも、力を入れることも自由だ。
サラリーマンのように、作業や目標の指示なんで誰もしない。
全部自分で決めて仕事をやる。

であるなら、手を抜いて量を減らすことも簡単。
でも、往々にして、今日やらなかったことは、明日にたまる。
元々やりたくなかったのに、たまっているとさらにやる気がなくなる。
少し主婦を続けると、これが経験則で分かっている。
だから、ためたくない。
だけど、やりたくない。
だから、ちょっとぐらいやって欲しい。

家事ってちゃんとやり始めたらきりがないけど、やり始めれば案外それなりにできる。
出口は遠いけど、入り口は簡単。
やる気が起きない癖に「誰でもやれる」と思ってしまう。
これが厄介。

誰でもやれるんだから、やって欲しい。という甘え。
誰でもやれるんだから、常にちゃんとやって当然。という甘え。
「ここ汚いな」自分が気付いてそれが嫌で誰でもできると思ってるのに自分でやらない。という甘え。

夫婦ともに「誰でもできる」が相手に自分の期待を要求する甘えを生みやすくなる。
甘え自体は悪いことじゃない。
でも、それが続けば甘えられる方はたまったものでない。

甘えっぱなしで許されるのはお子ちゃまだけだよな。