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3歩歩けば人は変わる

子どもの頃から親に叩き込まれた教えがブログのタイトルです。基本思いついたときしか書きません。

今の子どもって大変だよね。

この前、子どもの成長判断基準に関して、我が息子の1歳半検診の結果とともにコメントしたところ、以下の記事で言及頂きました。


学童期(7~12)の子供ができること一覧!小学校1~6年生の成長発達 - 知育ノート

ヤッター\(^o^)/これで僕も噂の互助会の仲間入りか!?
と今まで過疎過ぎて誰にも相手にされずに寂しかったので、喜んでおります。
とは言いつつ、最近、互助会ネタで刺した刺されたの押し問答が続く中、ここでブクマしては互助会認定され、先方にも迷惑がかかる可能性があるため、ここは敢えてブログで言及する。

以上、前置き。

ここからが本題。
上記記事へのアンサーとして。

今の子どもって大変だよね。という話。

先の記事にもあるような「基準」をもって、成長を判断される機会が昔より増えたから、その度に基準を超えていかなきゃいけない。
今回の我が息子の1歳半検診で言えば、3語しゃべれること、2語文をしゃべれること、積み木を4段以上積めること、などなど。

ただ全体としては、ノウハウが貯まってきた良い傾向だとも言える。
これによって支援児かどうかを判断する際の主観の入り込む余地が減って、判定者による結果の揺れが減り、昔よりも適正が合わない環境で教育を進めることが減った。


話を戻す。
長いこと保育士をしている我が母に、我が息子の1歳半検診の結果〜しゃべれないことを注意され、2歳になるときに再確認〜を軽く相談した。
すると、僕ら夫婦が全く言葉を覚えさせようとしてないから覚えないのは当然!!と。

僕ら夫婦は我が息子を見ていて、指差しなどで意思を伝え人とコミュニケーションを取ろうとする、こちらの言葉を理解する、音楽を聴いて踊ったり声を上げたりする、など会話するために必要なスキルを十分身に着けているので、あとは我が息子の成長/気分に任せよう、と考えていた。
そもそも自称天才の我が弟も5歳頃まで、ほぼ喋らなかった。
それを見てたから、のんびり考えてたのかも。

それを話していたら、我が母と上記のような基準についての話になったわけだ。
基準とは言っても、特に乳幼児などは個人差が大きすぎる。
できないことが多いのも当然。
しかし、この基準をクリアしないと、色々行政からフォローが入ることになる。
面倒なら教えて身に着けさせるしかない。
「産まれながらにして、テストを受け続けるなんて親も子も大変だよね」と。

というわけで、我が母に色々しつけられる度に我が息子は何かを覚えて帰るので、今週末は実家に帰ることになりました。


P.S.
37.5℃の熱でぼーっとしたまま書いたのだが、いつもより筆の進みが良かった気がする。
そして、前置き長い。

追記:
今の子どもって大変だよね。 - 3歩歩けば人は変わる

日本は基準が先進国並みな上、発達障害知的障害、要支援などなどレッテルを貼りたがる傾向がある気がしています。言及ありがとうございます。私からの一方的なブクマならご迷惑にはならない、ですよね、、、

2016/07/07 23:40
早速反応があったので id:ikujilog さんにアンサー。
ブクマは互助会バトル上等(むしろ参加したい)なので、全然オッケーですw

「基準が先進国並な上、レッテルを貼りたがる」ってのは結果的に事実かもしれませんが、正直僕個人としては行政の教育方針が問題だとあまり思ってません。
どちらかと言うと、教育よりも労働条件や福祉の問題だと捉えてます。

日本は他の先進国と同じような基準を設けることで、判定者の裁量の余地を減らし、全体として環境が合わない子どもを減らせる、というのは上記の通りです。
しかし、一方で我が息子のように「教えられていない」ため基準から外れてしまう子どももいるのも事実。
その際には、幼稚園/保育園と親、その他の大人が協力しあって教えていくことで、基準に合うかを正しく評価できます。

そもそも基準で判定するなら、レッテルも糞もないはずなのです。
基準が厳しすぎる、という捉え方もありますが、例え本人に資質がちゃんとあったとしても基準の内容をクリアできなければ、本人や周りへの影響から、小学校での学級崩壊や学力不足など結果的に、子どもに合わない環境が生まれやすくなります。

だからこそ教えていくフォロープロセスが非常に大切です。
しかし、教えていくフォロープロセスに問題があるため、結果的にレッテルを貼りたがるように見えてしまうのだと、捉えてます。

我が母から長らく支援児に関する意見を聞いてきましたが、確かに本人の資質は問題無さそうなのに基準をクリアできない子どもがいます。
「幼稚園/保育園と親、その他の大人が協力しあって教えていく」と書きましたが、ひとつが頑張るだけではダメで子どもに関わる皆で立ち向かわないと、子どもはなかなか覚えてくれません。
しかし、実際にはやろうとしてもリソース(教えるために時間を作って対応する)が足りないことが多いのです。
いくら幼稚園/保育園が頑張っても、親は生活のため共働きなので、時間が取れない。
先日保育士の労働条件について話題になってましたが、幼稚園/保育園も忙しく少数の子どもに付きっきりで教えるわけにいかない。
資質があってもフォローできない経験を幼稚園/保育園も重ねてくると、フォローで改善の余地のある子どもも、フォローしないまま基準から外すことをしがち。
失敗を重ね過ぎると、人はそれを避けるようになるのです。

教えていくフォロープロセスを支えるリソース、社会基盤が足りないことが問題です。

だからもし子どもが基準から外れた!となった場合は、幼稚園/保育園や行政を敵視するのでなく、とにかく協力を仰ぎ、教えていくフォロープロセスを作って行くことが大切だと思ってます。

…熱なうえ、長すぎて、訳が分からなくなってきた。今日はここまで。

結果的にこの記事へのアンサーにもなってるかも。